イエス・キリストの名によって(使徒3:1-10) 202603014 日前読了時間: 9分本稿は、日本基督教団杵築教会における2026年3月1日受難節第二主日礼拝の説教要旨です。 杵築教会伝道師 金森一雄(聖書)イザヤ書52章7-10節(旧約1148頁)使徒言行録3章1-10節(新約217頁)1.最初の伝道物語 使徒言行録3章から、教会の最初の伝道の出来事が書かれています。1節に、「ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。」と書かれていますが、ペテロとヨハネが行動を共にして二人はいつもの習慣に従って神殿に行ったのです。このイエスの時代には、ユダヤ人は一日に決まった時刻の礼拝がありました。朝の祈り(ユダヤの第3時ごろ=午前9時)、午後の祈り(同第6時ごろ=正午)、夕方の祈り(同第9時ごろ=午後3時)の3回です。その中の「午後3時」の夕方の祈りは、いけにえをする時間と重なる重要な時でした。 2節には、美しの門のところに、「生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た」と書かれています。わたしたちの目では、ペトロとヨハネが神殿に上って行ったことと、生まれながらの足の不自由な男が運ばれて来たこととが、たまたま同じ時に重ったように思います。ところがその後の出来事を知ると、しかし、「美しい門」という神殿の門のそばにおいてもらっていた不自由な男が、「運ばれて来た」ことと、神殿に行ったペトロとヨハネと出会ったタイミングが合っていたことに、神の栄光をあらわすために神がご計画されている人と人との出会いだということに不思議を覚えます。 2.私たちを見なさい そして今日の聖書箇所では、誰かが誰かを「見る」(ギリシャ語でὁράω)という言葉が連続して用いられていることに気が付きます。3節で「彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。」、4節で「ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。」、5節で「その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると」、9節で「民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。」と、「見る」という動詞のオンパレードなのです。 4節では、「ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。」と書かれていて、ペトロが自分たちを見ることを求めたことから話を始めています。ペトロが自分を見るようにその男に求めたことは、伝道はまず人に見てもらうことよって始まることが大切だということを示しています。聖霊の働きは、神を信じた人を動かし、その人の歩みの中にこそ見えるからです。使徒パウロは、ガラテヤ2章20節(新345頁)で、「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」と言っています。キリスト者が主を信じていると、その人の中で神が生きて働くことになるのです。周囲の人々がその信仰者の歩みを見ていると、その人がイエス・キリストの道を歩いていることが見えて来ます。そしてその人の内にキリストがおられるのが見えるのです。 3.イエス・キリストの名によって 6節で、「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」と、ペトロがこの男に言っています。確かに教会には、「金や銀」はありません。何か魅力的なものがあるわけではありません。あるものはただ一つ。「イエス・キリストの名」だけです。日本語で「名は体を表す」と言いますが、聖書では名前は、存在そのものを表します。「イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と命じているということは、主イエス・キリストご自身と共に、立ち上がり、歩くことを求めていることになります。主イエス・キリストの道を一緒に歩きましょう。と誘っていることになるのです。 7~8節に、「右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がってたち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。」と書かれています。そして9節には、「民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。」と書かれています。それは、単に足が不自由だったのに歩けるようになったということだけではありません。イエス・キリストの名によって躍り上がって立ち上がり、歩いている人の歩みは、聖霊に包まれた神との調和のとれている美しい歩みとなっているのです。信仰のない人の目には、その美しい仕草が酒を飲んだように見えるのかもしれません。まさに2章43節で言っていた「不思議な業としるしが行われ」たのです。4節で①「わたしたちを見なさい」と言って、イエス・キリストの名によって語り、7節で②癒される者の右手を取って、彼を立ち上がらせたという出来事は、後のキリスト教会に伝承された、いやしの業の証となりました。そして10節には、民衆が「我を忘れるほど」驚いたと書かれています。民衆が我を忘れるほど驚いて衝撃を受けたというその要因を考えてみたいと思います。その要因の第一は、皆がその男を前から知っていたことです。2節に、その男は毎日美しい門まで運ばれて来て、門のそばにおいてもらっていたと書かれていました。美しい門のそばでいつも座って施しを求めていた、生まれつき足の不自由な人であることは皆がよく知っていました。民衆には、その男は見慣れた存在でした。だからこそ、「あの男が歩いてる。あり得ない。」と強烈な違和感が生じたのです。民衆が衝撃を受けた要因の第二は、キリストの名によって、その男が一瞬で完全に癒やされたことです。普通なら、杖や治療やリハビリが必要なはずです。そのプロセスなしに、その場で躍り上がって立ち、歩き、歩き回ったり踊ったりするほどまでに、いきなり回復したからです。偶然だとか、気のせいだったでは説明できないことです。それが神のなさる業なのです。神の力が目の前で働いたと感じたのです。当時の人々の世界観では、このような癒やしは、神の力の直接的な介入による奇跡だと考えられていました。ですから彼らの反応が、驚きであり、恐れとなり、神の臨在を感じる畏れとなったのです。この生まれながらの足の不自由な男のいやしの出来事は、ペトロの説教の導入部分の出来事ですが、これがきっかけで多くの人々が集まり、ペトロのイエスの名による救いの説教を聞く流れになっているのです。4. 美しの門エルサレムの神殿には、いくつもの門があります。それぞれの門には名前が付けられていました。2節と10節で「美しい門」と書かれていて、その場所が特定されているように思います。ところが、「美しい門」と呼ばれていた門は、古い史料を探しても実際にはエルサレム神殿にはありません。多くの学者は、神殿の「ニカノルの門」(異邦人の庭と、より内側の婦人の庭などの聖なる区域とを隔てる重要な門)だと考えています。ところが、使徒言行録を書いたルカは、この門の名前を「美しい門」と二度にわたってはっきり書いています。実際にきれいな装飾が施されいる「美しい門」だったのかもしれません。いろいろな想像だけが大きくなっていきます。人の美しさの見方や感じ方や考え方は様々です。人によっていろいろな美しさの見方があると思います。ルカが用いているのは、「美しさ」と同時に存在する「現実の苦しみ」の対比を象徴的に表現しているのではないでしょうか。神の臨在を象徴する神殿の入口で門の名前は「美しい」のに、人間の身体が壊れている現実、その前に座っているのは生まれつき足の不自由な人だというコントラストです。また、当時のイスラエルの宗教的慣習では、身体に障がいがある人は「完全ではない」と見なされて、門の内には入れず礼拝から排除されがちでした。この男は神殿の中には入れず、門の外のところに置いてもらっていたのです。「入れない場所」ということとのコントラストとなっているのです。「美しの門」は、神の祝福に近そうに思われるけれども、実は隔てられていることを象徴する言葉としてルカが敢えて用いたのです。単なる特定の門を指すのではなく、神の近くにいながら癒されていない人間の現実、宗教制度における「内と外」の境界、見た目の美しさと本質的な救いの困難さとの対比を浮き彫りにする象徴的舞台装置として、「美しい門」という言葉が用いられて、本当の救いは、建物の美しさや宗教的な制度の立派さによるものではなく、神の力によるものであることが示されているのです。先ほどお読みいただいたイザヤ書52章7節に、「いかに美しいことか。山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。」と書かれています。美しいのは、「良い知らせ」をあっちこっちへと伝え回りながら歩いている「足」だと言うのです。それは美しさのほんの一例です。聖書で「美しい」という言葉が使われる場合は、「調和」や「ハーモニー」がとれていることを意味しているのです。この生まれながらに足の不自由な男とペテロとヨハネの出会いは、神のご計画の中で、神と人が調和して生きることが、もっともふさわしい美しさだということを伝えているのです。5.玉理照子パイプオルガン・コンサート わたしたちは、受難節の只中の3月20日(祝・金)に、玉理照子パイプオルガン・コンサートを開催することを計画しています。日出教会に新しい電子オルガン(ヨハネス)が奉献されたこと、広島から玉理照子先生が来てくださること、そして杵築教会で生涯をかけて奏楽の奉仕に献身された故堀澄子姉の一周忌を迎えることとが、たまたま重なったように見えます。そのことを霊の目で捉え直してみますと、この時に、聖霊の大波が広島から杵築にやって来ると受け止めることができます。わたしたちの置かれた「美しの門」としてのこの礼拝堂において、20年ぶりに玉理照子パイプオルガン・コンサートとして開催させていただくことは、聖霊の大波の第一波として、信仰をもって受けとめることとなります。そしてコンサート終了後に、故堀澄子を偲ぶ記念礼拝を捧げることで、この20年間の歴史に生きている「礼拝と音楽」の美しいハーモニーを織り成していきたいと願います。わたしたちの力に余るように思われますが、神のなさってくださることととらえて、わたしたち一人一人が聖霊に示されるままに躍り上って立ち上がる者とさせていただきたいと祈ります。自分の力だけで受け止めようとバタバタしてはいけません。主にあって一つになって、主の栄光を精一杯讃えさせていただきましょう。足りないものを数えるのではなく、今持てるものを感謝して、霊とまこと(真)をもってこの時を迎えることができますようにと、共に祈りを捧げたいと思います。
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