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神の栄光のもとで(使徒12:1-25) 20260906

4 日前
読了時間: 10分

(聖書)

詩編 66編 19~20節 

使徒言行録12章1節-25節


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本稿は、日本基督教団杵築教会における2026年9月6日聖霊降臨節第16主日礼拝の説教要旨です。杵築教会伝道師 金森一雄


1.エルサレム教会への迫害

 

使徒言行録12章1-2節に、「そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。」と書かれています。

このヤコブとは、主イエスの十二人の弟子の中の一人のヤコブです。ペトロとヨハネとヤコブ、特にこの三人は主イエスから特別扱いされていたようにも思える三人でした。その中の一人のヤコブがヘロデ王に殺害されたのです。

3節には、「そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。」と書かれています。


4節には、ペトロは牢の中で、「四人一組の兵士四組」によって四交代制で監視され、「過越祭の後で民衆の前に引き出して処刑すつもりだった」と書かれています。

そして、ヘロデ王はユダヤ人たちからの支持を得ようとして、さらにヤコブに続いてペトロまで捕らえて殺害しようとしたようですが、ユダヤ人がエルサレムに大勢集まる過越の祭りの期間に公然と処刑することには、さすがにヘロデと言えども慎重だったのでしょう。


一方で5節に、教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。と書かれていて、家の教会が形成されて祈りのために集まっていた人たちがいたことが分かります。この家は、多くの神学者が主イエスが十字架にお架かりになる前夜、最後の晩餐の食事をしていた家だといっています。最初期の教会の人たちがしばしば集まった家で、祈りの拠点にもなっていた場所です。

 

7節から、ヘロデがペトロを牢から引き出して殺そうとしていた日の前夜に、実際にペトロが牢から救い出されるという奇跡のような出来事が書かれています。そして9節には、ペトロは「現実の事とは思われなかった。幻を見ているのだと思った」と書かれています。

それから10節に、「第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。」と,神の介在があったと思われる様子が書かれています。


こうしてキリストの使徒であるペトロが、7日間の除酵祭・過越の祭りの時に逮捕され、神によって牢から救い出されました。

あれっ!と思われた方も多いでしょう。それは、過越の祭の時期に逮捕され殺され十字架にかけられて死に、三日後の復活された主イエスの受難・復活の出来事と響き合うものを感じるからでしょう。過越の祭は、神がイスラエルを「過ぎ越して救われた」ことを記念するもので、過越祭という一言で除酵祭を含めた七日間の祭り全体を指すこともあります。今日の出来事も過越の祭りの出来事でした。


11節では、救い出されたペトロが我に返って、「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」と言っています。神様の手が働いてくださって自分が牢から救い出されたことの意味が分かったのです。


12節には、「ペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家に行った。そこには、大勢の人が集まって祈っていた。」と書かれています。

ヨハネの母マリアの家は、5節では「教会」と書かれていました。ペトロ救出の奇跡が起こり、救い出されたペトロは、大勢の人が集まっていた家の教会に行きました。教会の人たちがここに集まって祈っていることを知っていたのです。

13-15節に、ロデという女中が、喜びのあまり門を開けもしないで家に駆け込んで、集まっていた人々にペトロが門の前に立っていると告げています。

ところが、教会の人たちは、あなたは気が変になっていると言っています。自分たちの祈りが聞かれたことをすぐに信じることが出来ません。

信じた女中と信じなかった教会の人々の姿の違いが浮き彫りにされています。

このコントラストを、筆者のルカは16節で,女中のロデは「ペトロは戸をたたき続けた」、使徒たちはすぐには信じられず「ペトロがいたので非常に驚いた」という言葉を用いて表現しているのです。

 

教会の人々は、自分たちが祈っていたペトロが救い出されて教会に戻って来たのに、祈っていながらそんなことはあり得ないと考えていたようです。

不信仰な姿といえばその通りですが、わたしたちの姿がここに描かれていると言わざるを得ません。例えば、平和聖日に、戦争を終わらせてください、和平交渉が平和のうちにおこなわれますようにと祈りながら、そんなにうまくいくはずがないと、心のどこかで思ってしまうことがあるのです。牧者たるわたし自身への戒めとしなければなりません。

 

2.教会の祈りに応える神

 

神はあくまでもご自身の自由な恵みの御心によって働いてくださいます。

わたしたちの祈りに耳を傾け、祈りに応えてくださる方です。

教会は祈りの群れです。折が良くても悪くても、教会は祈りに生きます。

ところが聖書には、願ったものがそのまま与えられるとは書かれていません。その祈りが人間の願い通りに聞かれるわけではありません。どうしてヤコブは殺されたのに、ペトロは助かったのか。なぜ、こういう結果になったのか。わたしたちには,その理由はやはり分かりません。わたしたちはいつもそういう経験をするのです。

旧約聖書詩編66編19-20節に、「しかし、神はわたしの祈る声に耳を傾け、聞き入れてくださいました。神をたたえよ。神はわたしの祈りを退けることなく、慈しみを拒まれませんでした。」と書かれています。

この詩編の詩人は、自分の過去を振り返って、「聞き入れてくださいました(中略)慈しみを拒まれませんでした」と、こういう祈りの言葉で祈りを締めくくっているのです。


わたしたちもこの祈りの締めくくりの言葉を口にしながら、困難な今の時を過ごし、人生を終えることができれば幸いです。わたしたちの祈りには、不信仰が混じっています。そのことを否定することはできません。しかしその不信仰の中でも、神は生きて働いてくださいます。不信仰を越えて、神はわたしたちを憐れんでくださり祈りに応えてくださるのです。

ペトロが捕らえられた時、殺されそうになっている時、教会は無力で何もできませんでした。ペトロを助け出す知恵も力もありませんでした。何もできない。祈ることしかできない。しかし祈ることができました。祈ることは、最後の最後までわたしたちに残されていて、教会は祈りに生きるのです。

 

17節に、「ペトロは手で制して彼らを静かにさせ、主が牢から連れ出してくださった次第を説明し、「このことをヤコブと兄弟たちに伝えなさい」と言った。そして、そこを出てほかの所へ行った。」と書かれています。

ここでの「ヤコブ」というのは、主イエスのいわば弟にあたるヤコブのことです。殺されてしまった主イエスの弟子のヤコブと同名ですが別人です。

ほかの所でも、複数人で集まって祈っている人たちがいました。一人で祈っている人たちもたくさんいたでしょう。教会はそのように祈りが集まって群れが形成されていきます。神がわたしたちの祈りに耳を傾け、その祈りに最善をもって応えてくださることを信じて、神様のご計画が前進するのを待ち望みながら、わたしたちは平安の中に歩むことができるのです。


18-19節に、「夜が明けると、兵士たちの間で、ペトロはいったいどうなったのだろうと、大騒ぎになった。ヘロデはペトロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえで死刑にするように命じ、ユダヤからカイサリアに下って、そこに滞在していた。」と書かれています。

 

3.ヘロデ王の急死

 

さらに20-23節には、「人間の権力」と「神の権威」の対比が書かれています。

20節に、地中海沿岸のティルスとシドンがいきなり出てきて、ヘロデが「ひどく腹を立てていた」、「侍従プラストに取り入って和解を願い出た」、「ヘロデ王の国から食料を得ていたからである」と書かれています。

21-22節には、侍従ブラストに和解を執り成してもらうことによって定められた式典の日の出来事が書かれています。

ヘロデ王の権威を象徴するかのように、ヘロデは王服を着て演説をしました。ティルスとシドンの住民の代表者は、「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。と書かれています。ヘロデ王のことを、あなたはまるで神さまのようです、と言い続けたのです。ヘロデはそう言われて気分もよかったのでしょう。それを否定していません。それは神の前で大罪です。


23節に、「するとたちまち、主の天使がヘロデを撃ち倒した。神に栄光を帰さなかったからである。ヘロデは、蛆に食い荒らされて息絶えた。」と書かれています。


ヘロデが、主の天使に撃ち倒されたのはなぜでしょうか。

「栄光」という言葉は、普段の日常生活ではあまり使わない言葉ですが、別の言葉で言えば、「栄誉」「称賛」「尊敬」「輝き」という意味です。

キリスト者は神の栄光のもとで、神を賛美して神の栄光を指し示す生き方をしています。

一方、ヘロデ王は、どこにでもいる為政者のように、主を信じ受け入れることをせず、自分にスポットライトがあたることを喜ぶ者でした。その結果は、「蛆に食い荒らされて息絶え」るという悲惨なものです。


24節には、「神の言葉はますます栄え、広がって行った。」と、神の権能の下にある祝福が書かれています。


25節に、「バルナバとサウロはエルサレムのための任務を果たし、マルコと呼ばれるヨハネを連れて帰って行った。」と書かれています。

ここでいう「エルサレムのための任務」とは、11章29-30節に、アンティオキア教会からユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることを決め、バルナバとサウロに託して長老たちに届けることです。

 

それまでは、アンティオキア教会の方が、エルサレム教会から使徒たちを遣わしてもらって支援してもらう立場でしたが、ここに至りエルサレム教会を支える立場になるのです。

キリストを頭とする見えざる一つの教会で相互支援が現実に行われていることが書かれているのです。

 

そしていきなり「また、マルコと呼ばれるヨハネを連れて帰って行った。」と書かれています。唐突に感じられる方もおられると思いますが、実は、使徒言行録12章12節に「マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家」が登場して、「大勢の人が集まっていた」と書かれていたことの延長線上にある信仰継承が行われて献身者が起こされる出来事だと知らされ、神様の選びと召命物語として続いていくのです。

バルナバとサウロにマルコと呼ばれるヨハネが加えられて、神の選びと召しのご計画通りに、パウロの宣教旅行が始まる準備が進んでいるのです。



(私の証し)

マタイ13:23、マルコ2:17


「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである」(マタイ13:23)


 1972年、富士銀行に入社した私は、中学から大学を通してバレーボールで鍛えた体を資本に、自分の力を過信した働きづめの毎日でした。体育会魂で、「勝つまであきらめるな」とばかりに、早朝から深夜11時までまさしくセブンイレブンの勤務体制でした。そして入社10年目には、本社の国際部勤務になり、日本時間の10時がニューヨークの始業時間になるので、24時間体制のような生活になりました。

1994年10月、恵比寿ガーデンプレイスがオープンするときには恵比寿支店長に就任していましたが、相変わらず「根性」とか「成せば成る」を人生訓として業務推進に突っ走る毎日でした。


ところが支店オープンを控えたある朝、教会の礼拝の最中に倒れてしまいました。ヘルペス(帯状疱疹)と診断され、それまで病気で休んだことの無い元気印の私が、三日間ベッドに縛られたのでした。


そして聖書を読んでいた時、「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコ2:17)の箇所に釘付けになりました。


その時、やっと気が付いたのです。病気をしたことの無い自分は、健康人間だと思っていたのが、「実は心の病人であった」ということです。それまでは団塊の世代の社会人の一員として、然るべき職に就いて相応の処遇を得ているのは、「自分の努力で得たもの」とうぬぼれていましたが、実はすべて「神様からの賜物である」ことに気付かされました。

 そして「イエス様が短い生涯を過ごされ、私の罪を購うために十字架で血を流された」という聖書の福音が、心の奥底にいきなりドスンと突き刺さりました。「自分と仕事が大切だ」と考えていたのが、いきなり「神様と家庭が大切」だというように優先順位を変えられてしまいました。これが私のJesus syndromeに陥った経験です。


1994年11月、私は45歳で洗礼を受けました。イエス・キリストと共に歩むPowerful Lifeを求める旅を始めました。

現在は銀行員生活を卒業し、リース会社の仕事に就いています。神様の御旨に従って、この世の旅路を歩き続けます。


芙蓉総合リース㈱ 

常務取締役 金森一雄




 
 
 

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《教会基本聖句》

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。

(新約聖書マタイによる福音書11章28節)

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