隅の親石(使徒4:1-22) 20260315
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本稿は、日本基督教団杵築教会における2026年3月15日受難節第4
主日礼拝の説教要旨です。 杵築教会伝道師 金森一雄
(聖書)
詩編118編22-29節(旧約958頁)
使徒言行録4章1-22節(新約218頁)
1.サドカイ派とファリサイ派
使徒言行録第4章1節以下に、「ペトロとヨハネ(の二人)が民衆と話をしていると、祭司長たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。」と書かれています。
そして、2節には、「祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々」が、(ペトロとヨハネの)「二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えている」ので、彼らはいらだっていたと書かれています。
ここにサドカイ派の人々が登場していますが、彼らは、神殿の祭司を中心とする上流階級の人々が多く、教養ある人々が中心でした。その教えにおいて、霊や天使や復活を否定していました。
神殿を仕切っていた、イエスの復活を否定する、「サドカイ派の人々が近づいて来た」ということは、ペトロやヨハネが主イエスの復活を宣べ伝えていましたから、自分たちと敵対しているファリサイ派の教えの一派であるように思われたのだと思います。祭司を中心とするサドカイ派の人々がいらだって、二人を逮捕して牢に入れた(3節)と書かれているのにはそのようなことが背景にありました。
ちなみに、もう一つの党派ファリサイ派は、霊や天使や復活を肯定し、信じていて、一般民衆の中にあって、霊や天使や復活を信じていました。特に体の復活に将来の希望を見出そうとする思いがあり、そういう思いを受け止めて信仰を位置づけて、民衆の中にあって人々の生活を律法によって教え導こうとしていました。
4節には、(ペトロとヨハネの)二人の伝道によって「信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった」とあります。この数字が象徴的な数字なのか、正確な数なのかは分かりませんが、ペトロとヨハネの伝道によって多くの人々が主イエス・キリストを救い主と信じたことは確かでしょう。
そのため、次の日にはペトロとヨハネがユダヤ人の指導者たちに捕えられて牢に入れられています(3節)。
2.議会での取り調べ
逮捕されて一晩牢に監禁されたペトロとヨハネは、「次の日、議員、長老、律法学者たちが集まった」(5節)ところに引き出されました。「サンヘドリン」と呼ばれていたエルサレムにあったユダヤ人の最高権威の場に立たされたということです。主イエスを有罪とし、ローマの総督ピラトに引き渡すことを決めたのもこの場です。
議会は、ファリサイ派の人々が多数を占めていました。「律法学者たち」とあるのはファリサイ派のことです。ですから議会としては、ペトロとヨハネが死者の復活を宣べ伝えたことでは、彼らを尋問するつもりはないのです。
むしろ問題にされたのは、いやしの業を何の権威、誰の名によってしたのか、ということでした。
7節に「そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。」と書かれています。生まれつき足の不自由だった男をイエスの名によっていやしたことが問われているのです。裏を返せば、この時点で主イエスを信じる者たちの群れがそれだけ目立つ、力を持った存在として意識され始めたということです。まだ「迫害」とまで呼ぶ程のことではありませんが、このことによって、教会が元気を失い、伝道の力をそがれてしまった、ということではないのです。むしろ逆にこの出来事によって、教会がますます力強く大胆にみ言葉を語るようになったのです。
8節以下に、ペトロが聖霊に満たされていった言葉が続きます。
9節で「今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば」と、ペトロは言っています。ペトロは、逮捕の理由と取り調べられていることが食い違っていることを指摘しています。「昨日捕えられた理由は死者の復活を語ったことだったはずだが、しかし今日の取り調べでは別のことが問われている、これはいったいどうしたことか」と、率直な気持ちを宣べているのです。わたしたちがしたのは、「病人に対する善い行い」だ、それ以外の何物でもない、そのことによってこのように取り調べを受けているのだ、と反論しているのです。
そして、ペトロは冷静に、自分たちを逮捕し、取り調べている人々の姿を観察した上で、10,11節で「あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です」と語っています。
ペトロは、詩編118編22節を引用して、あなたがた家を建てる者に捨てられた人こそが主イエス・キリストであり、「隅の親石となった石」のことだと言っているのです。その意味するところは、捨てられた石とはイエスが人々に拒否され十字架につけられたことを指しています。隅の親石となったというのは、神がイエスをこの男の救いの中心にされたというのです。
そして、逮捕されて尋問を受けているその場においても、生まれつき足の不自由な男がますされたのはナザレの人イエス・キリストの名によってであり、そのイエスをあなたがた、すなわちユダヤ人の指導者たちが十字架につけて殺してしまったが、その殺されたイエスこそが神が死者の中から復活させられた方である、と語ったのです。
そして12節でペトロは、「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」と語っています。ただ自分はこう信じる、という確信をペトロは語ったのですが、主イエス・キリストの名以外によっては、救いは得られないと断言しています。
すなわち、教会が宣べ伝えることは、つきつめて言えば、主イエス・キリストの十字架と復活のみなのです。
すると13節で、「議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であることも分かった。」、と書かれています。二人は、もとはガリラヤ湖の漁師でごく普通の庶民なのです。
そして14節には、「足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。」と書かれています。
生まれつき立つことも歩くこともできなかった人が、ただ主イエスのみ名によって立ち上がることができたということは、その男はただ主イエス・キリストの名によって、新しく生き始めることができたということなのです。
3.議員や他の者たちの反応
15節からは、ペテロとヨハネの二人を議場から退席させた以降の話が続いています。
16節で、「エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。」と、彼らは本音を漏らしています。時代や状況にかかわらず、真実とは唯一絶対だという絶対的真実性が語られていることに救いを見ます。
そして17節には、「しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅かしておこう。」と、権力による脅かしという、事実の隠蔽体質が表面化しています。
これに対してペトロとヨハネは、19-20節でその脅しに対して、「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。
わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」と、力強く宣言しています。
すると、21節に「議員や他の者たちは、二人を更に脅してから釈放した。皆の者がこの出来事について神を賛美していたので、民衆を恐れて、どう処罰してよいか分からなかったからである。と書かれているのです。
「議員や他の者たち」が民衆を恐れたというのですが、サンヘドリンの正式議員ではないがその議会に同席していた祭司長の仲間や宗教指導者まで含めた神殿当局の関係者や宗教エリート層の同席者のすべての人が、含まれていると考えるべきでしょう。
それから22章にこの男の年齢が40歳を過ぎていたと書かれています。
わざわざこの男の年齢が書かれているのには理由があると思います。
第一は、 生まれつき足が不自由だった男の40年以上も治らなかった障害が、ペトロとヨハネを通して 一瞬で癒されたという奇跡は、作り話でなく事実であることを強調しているのです。
第二には、 ユダヤの文化で「40」は重要な数字です。聖書では長い期間・試練・準備の時を象徴する数字です。モーセが荒野で40年過ごしたこと(使徒7:30)、イスラエルの民が荒野を40年過ごしたこと(出16:35、申8:2)、イエス・キリストの荒野の40日の試み(マルコ1:13)などにおいて、用いられています。いずれも、長い苦しみの期間が終わり、神の救いが現れたという意味合いを感じ取る象徴的な意味のある数です。
4.ペトロの後ろ姿
ここに書かれているペトロの姿には、人間の信念に依り頼む者が陥って、他を攻撃するようなヒステリックな様子は見られません。
生まれつき立つことも歩くこともできなかった人が、ただ主イエスのみ名によって立ち上がることができたということは、その男はただ主イエス・キリストの名によって、新しく生き始めることができたという奇跡の出来事です。
多くの妨害の中で、困惑しながらも、忍耐をもって苦しみを受け止めていく、そして大胆に信仰の証しをし、しかも周囲の状況をユーモアをもって、余裕をもって見つめる姿勢、「聖霊に満たされて」(8節)のペトロの歩みが見え隠れします。
ペトロの説教を支えているものは、何でしょうか。
彼は、古今東西のあらゆる宗教、神として崇められているもの、救いを与えると考えられているものを調べ尽くして比較研究した結果、このような結論を得て語っているのではありません。
自分はキリストの一番弟子だ、主イエスの最も近くにいる者だ、という自負を持って生きてきました。
しかし主イエスはペトロの期待に反して捕えられ、十字架につけられ、殺されてしまいました。彼はその時、主イエスを見捨てて逃げ去り、さらには三度にわたって、そんな人は知らない、自分とは関係ない、と断言してしまったのです。主イエスを裏切った者です。
まさにペトロは、自分の信念や決意、信仰の確信に従って堂々と力強く、誰にも恥じることなく生きていこう、という歩みにおいて挫折しています。
そのペトロを再び立ち上がらせたのは、復活の主イエスとの出会いです。主イエスが、父なる神によってその罪と死への勝利を与えられて復活し、再び彼と出会って下さり、全ての罪を赦して下さり、もう一度弟子として救いにあずかる者として、ペテロを立ち上がらせて下さいました。そして今、躍り上がって歩む生まれながらの足が不自由だったいやされた男と共に、復活した使徒として福音宣教の歩みを続けているのです。
このことに慰めをいただきます。励ましを与えられます。
そのことに素直に驚き、共鳴するものでありたいと祈ります。



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